「大都市政策の系譜」第4回「近隣住区論とラドバーン」(3)

ラドバーン開発

 サニーサイド・ガーデンズ開発に成功したアメリカ地域計画協会グループは、ニュージャージー州にラドバーン開発に着手する。ラドバーン開発の目的は、本格的な田園都市を実現することと、ペリーの近隣住区の原則を実際に適用することにあり、設計はスタインとライトの二人が担った。イギリスのガーデンシティの思想を基本的に継承しつつも、ニューヨーク郊外に建設される住宅地では、都市の膨張を制限するグリーンベルトは不要と判断され、サニーサイド・ガーデンズでの経験をもとに、スーパーブロック方式の住宅地の内部にオープンスペースを配置するように計画されている。

 都市住宅会社によって約2平方マイル(500ha)の用地が確保され、当初の全体計画では、総人口2万5,000人、3つの近隣住区(半径約1/2マイル圏)による住宅地と、ラドバーン駅から東西に軸上に伸びるタウンセンター、その他に工業用地、商業用地が配置された自己完結型の新都市の実現が目指された。

 1928年に開発が開始され、翌1929年に最初の入居者を迎えたが、同年に巻き起こった世界大恐慌の影響で都市住宅会社の経営が行き詰まり、1933年には倒産に見舞われる。ラドバーン開発は中止を余儀なくされ、当初計画のうち実現を見たのは、面積約60ha、670世帯(人口約3,000人)の住宅地部分のみにとどまった。

 開発が中断されたにもかかわらずラドバーン開発が高い評価を得た理由に、スーパーブロックとクル・ド・サック方式による通過交通の排除、クル・ド・サックを取り囲む住宅群のグルーピングによるコミュニティ形成、車道と歩行者路との交互配置による徹底した歩車分離、近隣住区の核としての広いオープンスペース(緑地空間)と学校やコミュニティ施設との連続配置などがあげられる。

 かつて日本では、ラドバーン開発は「自動車時代の都市(a town for the motor age)」の先駆的な計画手法、いわゆる「ラドバーン・システム」(クル・ド・サック等の交通処理システム)として広く紹介され、歩車分離が注目されがちであったが、この開発の優れた点は、歩車分離にとどまらず、コミュニティ組織の形成やオープンスペースの設計、住宅地全体のランドスケープデザインにあると言えよう。

 ラドバーンでは、非営利の自治組織「ラドバーン協会(Radburn Association)」が設立され、近隣コミュニティの共有財産であるオープンスペースやプール・テニスコート、コミュニティ・センターなどの施設を管理するとともに、住宅の増改築や建築行為をコントロールする役割を担っている。また、住宅地に関する公共的な諸問題について議論し、ラドバーン協会に提案・提言を行うための住民の自発的組織「ラドバーン市民協会(Radburn Citizens’ Association)」も結成されている。

 ペリーの近隣住区論とラドバーン開発は、その後のアメリカの郊外住宅地開発に大きな影響を与えたほか、イギリスのニュータウンをはじめ、各国の住宅地開発の計画原理として採用されるに至った。日本においても、千里ニュータウンなどのニュータウン開発で近隣住区論、ラドバーン・システムの考え方が取り入れられている。

上図:ラドバーンのタウン計画図
下図:ラドバーンの典型的な街区計画図

出所:コーネル大学図書館デジタル・コレクションズ(Cornell University Library Digital
Collections)
写真:ラドバーンの航空写真
出所:コーネル大学図書館デジタル・コレクションズ
(Cornell University Library Digital Collections)
図:2つのスーパーブロックの計画図
出所:クラレンス・A・ペリー著・倉田和四生訳『近隣住区論-新しいコミュニティ計画のために-』鹿島出版会、1975年

(一般社団法人大都市政策研究機構 主任研究員 三宅 博史)


<参考文献>

 ルイス・マンフォード著・中村純男訳『現代都市の展望』鹿島出版会、1973年
 倉田和四生「近隣住区論の形成と発展-C.A.ペリーのコミュニティ計画の本質-」関西学院大学社会学部紀要、第31号、1975年
 クラレンス・A・ペリー著・倉田和四生訳『近隣住区論-新しいコミュニティ計画のために-』鹿島出版会、1975年
 戸谷英世・成瀬大治『アメリカの住宅地開発-ガーデンシティからサスティナブル・コミュニティへー』学芸出版社、1999年
 日端康雄『都市計画の世界史』講談社現代新書、2008年
 佐藤健正『近代ニュータウンの系譜-理想都市像の変遷』市浦ハウジング&プランニング叢書、2015年
 岡本濃・越澤明「ラドバーンにおける住宅地の緑地環境形成と維持管理の仕組みに関する研究」日本建築学会技術報告集、第14号、2001年12月
 森 傑「米国NPOによる戸建住宅地の自治マネジメント手法ーラドバーンとケントランドの比較考察―」日本建築学会大会学術講演梗概集、2009年8月
 大坪明「ニューヨークのフォレストヒルズ・ガーデンズの開発-当初計画と経済的課題等に起因するその変更-」生活環境学研究、No.7、2019年
 松林優奈・齊藤広子「米国ニュージャージー州ラドバーン住宅地におけるマネジメントシステムの変化と現状」日本建築学会大会学術講演梗概集、2020年9月