新型コロナウイルス感染拡大がコワーキングスペースに与えた影響
ここ2年間のコワーキングスペース施設数の増加や提供事業者の動向には、2020年春からの新型コロナウイルス感染拡大(以下、コロナ禍)が少なからぬ影響を与えたであろうことは想像に難くない。ここで、コロナ禍とコワーキングスペースの関係について考察する。
2020年4月に発出された最初の緊急事態宣言に伴い、各企業では、事業継続のため、緊急避難的にテレワーク(在宅勤務)に取り組むことになった。半ば強制的に試行されたテレワークは、従業者側からは住宅事情や家族構成等による在宅勤務の難しさ、経営者側からは果たして在宅勤務は生産性向上に寄与しえたかとの課題を浮き彫りにさせた。
一方で、テレワーク導入で先行する一部企業では、宣言期間中の出社人数の大幅減をみて、コスト最適化の観点からオフィス戦略の転換を加速させる動きも宣言明け頃にみられるようになった。これまでの都心一等地に大規模オフィスを構えて従業者を通勤させる形式から、コアオフィスを最小限にして在宅勤務、あるいはオフィス分散化(サテライトオフィス化、フレキシブルワーク化)を図る戦略がその代表である(※1)。
この時、注目されたのがコワーキングスペースと言えよう。企業のサテライトオフィスやフレキシブルワークに適用でき、一般的な賃貸借契約に比べてフレキシブルな契約が可能なコワーキングスペースは、コロナ禍が長期化して将来の経営が見えにくいなかで、短期的なオフィス増床・減床に対応できる点でも評価されたとみられる。こうした需要をみて、個室型のサービスオフィス(レンタルオフィス)を併設し、プライバシーや情報セキュリティ対策にも配慮した施設がとりわけ伸びたと考えられる(※2)。
供給面では、コロナ禍で減収や事業縮小を余儀なくされた業種(宿泊業、衣料品販売業、レストラン・カラオケ業、ビジネスサポート業等)を含め、さまざまな業種が参入して事業展開を図る例が急速に拡大した。例えば、コロナ禍によるインバウンド消失、国内観光客の減少から、ホテルがコワーキングスペースを設置する例が増えている。リゾート地や風光明媚な観光地ではワーケーション利用にも期待が寄せられた。
また、感染防止の観点から、都心部のオフィスに通勤で集まることは避け、フレキシブルワークの一環として、大都市の交通結節点や都市近郊にコワーキングスペースを設置する例も増えている。これらの施設は、気軽に一時利用できる点(ドロップイン専用)や、個室部屋、オンライン予約・開錠可(無人化)を売りにするものもあり、多様なニーズに対応した新たなワーキングスポットの提供を図る展開と言えよう(※3)。
地方都市でも、テレワークの普及によって大都市から地方への企業移転・移住が進むのでは、との期待から、自治体主導でコワーキングスペースを設置する例が目立っている。また、テレワーク、リモートワーク施設整備に対する自治体の補助金創設や運営支援等の動きもあって、地元企業やまちづくり会社、NPOなどが参入する例も増えているようである。
これらの動きの一方で、従来型(とりわけ黎明型)のコワーキングスペース、すなわちフリーランスのクリエーターやプログラマーらが集い、互いの情報や知恵の共有でイノベーションを生み出そうとするような施設では、コロナ禍でやや新たな施設展開はしづらかったように思われる。感染防止の観点から、人と人とのリアル・コミュニケーションが制限されるなかで、経営者らの懸命な努力によって施設の維持や拡大が行われてきたと推察される(※4)。
これらをまとめると、日本のコワーキングスペースは、ここ2年のコロナ禍によって次の動きがもたらされたと考察される。
〇サービスオフィス(レンタルオフィス)を主体とした施設の拡大
〇その一方の動きとして、繁華街や郊外での一時利用特化型(ドロップイン専用)の施設の拡大
〇需要対応としては、個人顧客重視から企業顧客重視への流れ
(フリーランスやスタートアップ企業向けから一般従業者(サラリーマン)向けへ)
〇施設面としては、シェアスペース重視から個室併設重視への流れ
〇運営面としては、コミュニケーション志向からプライバシー志向への流れ
(積極的な人的交流の場から、感染防止やセキュリティ対策の重視へ)
〇立地面としては、大都市都心部から郊外・近郊(職住近接)への流れ
〇事業供給面としては、さまざまな異業種からの参入拡大
〇地方都市では、企業や移住者誘致を狙った自治体主導や運営サポートによる施設の拡大
こうした需要面や施設・運用面での変化を受け、日本のコワーキングスペースは、当初のコワーキングスペース(Coworking Space)の定義(「個々に仕事を持ち働く人たちが、働く場所(空間)を同じくするだけではなく、コミュニケーションを図ることで、互いに情報と知恵を共有するという概念およびそのための施設」(※5))を若干踏み越えながらもその概念を拡大させ、全国的な施設数の拡大と利用者のすそ野の広がりへと進化を遂げつつあると言えよう。
<注 釈>
※1 例えば、「富士通、オフィス半減発表 在宅勤務支援に月額5千円」(日本経済新聞2020年7月6日)、「ぐるなび、本社面積4割減 全勤務日で在宅可能に」(同2020年7月26日)、「キリンHD、『働きがい』改革としてシェアオフィスを本格導入・在宅勤務手当支給」(同2020年9月1日)「東芝、サテライトオフィスを2倍の180拠点に」(同2020年9月15日)など。
※2 こうした需要の高まりに対して、コワーキングスペースのほかに、大手不動産では、法人向けのサテライトオフィス、サービスオフィス事業を始める例も増えている。例えば、三井不動産のWORKSTYLING(ワークスタイリング)、野村不動産のH1T(エイチワンティ)、東急のNewWork(ニューワーク)など。
※3 このほか、新たなワーキングスポットの提供形態の一つとして、「個室ボックス型ワーキングブース」が、主に鉄道駅構内、公共施設や民間ビルの共用部などで増えているが、この形態は一般的にコワーキングスペースとはみなされない。本稿でも分析の対象外である。
※4 日本のコワーキングスペースの先駆である「cahooz(カフーツ)」代表の伊藤富雄氏のブログによると、2020年春の感染拡大を受け、施設を一時クローズして、オンラインでコワーカーらとの情報交換や交流、ネットワーク拡大を図ってきたという。
※5 伊藤富雄氏の定義による。