第9回「クラッセンの都市発展段階仮説」
一般社団法人大都市政策研究機構
大都市政策研究班
1950~1960年代にかけて世界の人口は爆発的に増加し、世界の主要都市では過密問題、すなわち道路混雑や生活環境の悪化、市街地の無秩序な膨張などの問題が顕在化した。
日本の三大都市圏(東京圏、大阪圏、名古屋圏)においても地方から多くの人口が流入し、各種の都市問題が発生したことから、人口流入の主要因とされた工場や大学等の新設を制限する「工業(場)等制限法」(首都圏:1959年、近畿圏:1964年)の制定や、都市郊外に住宅の受け皿となるニュータウン開発などを行い、人口及び産業の過度の集中を抑止する政策を推し進めた。
一方、1960年代後半になると、アメリカ合衆国の大都市において従来の都市化のパターンとは異なる「人口逆転現象」が見られるようになる。それは、①大都市では人口や雇用の停滞ないし衰退が顕著になる一方、小都市では人口成長が著しくなる、②大都市圏内では中心部から縁辺部に向かう人口移動が加速し、中心部の人口減少が顕著になる、③都市圏から非都市圏への人口分散が進展している、といった現象であった。このように人口・雇用が分散化し、都市圏が衰退する現象を、アメリカの地理学者B. ベリー(Brian J.L. Berry)は「反都市化」(counter-urbanization)と呼び、次に紹介するオランダの都市人口学者L. H.クラッセン(Leo H. Klaassen)は「逆都市化」(disurbanization)と名付けた。
1970年代以降、この反都市化(逆都市化)の現象は、欧米の大都市において普遍的に見られるようになる。
クラッセンの都市発展段階仮説
こうした欧米の大都市圏の動向分析をもとに、クラッセン(Leo H. Klaassen)らは都市圏の成長から衰退にいたる過程をサイクルとして捉える「都市の発展段階仮説」を提唱した。
この仮説は、都市圏域を「中心都市(core)」と「郊外(ring)」に分け、中心都市と郊外の人口変化のパターンに基づき、都市化過程を「都市化」、「郊外化」、「逆都市化」、「再都市化」という次の4つの段階(細かくは8つの段階)に区分して捉えるというものである。この発展段階は、【図表1】のように表され、個々の都市圏は都市化の進展に伴い、反時計回りに各段階を経ると想定されている。

出所:山田浩之他編著『都市と土地の経済学』日本評論社, 1995年, p.37
(1)第Ⅰ段階:都市化(urbanization)
中心都市への人口集中によって特徴づけられる「集中的都市化」の段階で、都市圏全体で人口が増加する。タイプ1では、郊外地域から中心都市へ人口が移動するため、中心都市で人口増、郊外地域では人口減が生じる(絶対的集中)。タイプ2になると、都市圏外から都市圏内に大量の人口が流入するために、中心都市だけでなく郊外地域も人口増に転じるが、中心都市の人口増は郊外地域のそれを上回る(相対的集中)。
(2)第Ⅱ段階:郊外化(suburbanization)
都市圏外からの人口流入により都市圏全体では人口増が続くが、中心都市から郊外地域への人口移動が卓越する「分散的都市化」の段階である。
タイプ3では、都市圏全体で人口が増加するが、中心都市よりも郊外地域での人口増が著しい(相対的分散)。タイプ4になると、中心都市では人口減が始まるが、郊外地域の人口増がそれを上回り(絶対的分散)、都市圏全体では人口増であるが、その速度は徐々に低下する。
(3)第Ⅲ段階:逆都市化(disurbanization)
都市圏全体で人口が減少していく「逆都市化」の段階である。タイプ5では、郊外ではなお人口増が続いているが、中心都市での大量の人口減を相殺できず(絶対的分散)、都市圏全体として減少が始まっている。タイプ6になると、郊外地域でも人口減に転じて(相対的分散)、都市の深刻な衰退が生じる。
(4)第Ⅳ段階:再都市化(reurbanization)
都市圏全体で人口減が続くが、減少の速度は徐々に低下していく段階である。タイプ7では、中心都市の人口減が続くが、郊外地域の減少よりも小さくなる(相対的集中)。タイプ8になると、郊外での人口減を相殺するには至らないが、中心都市では人口が増加し始める(絶対的集中)。
このクラッセンらのモデルは、都市化の推移や都市化の現段階を特定したり、複数の都市の比較考察には有効であるが、経験的な仮説に基づく帰納的なものであって経済理論的な裏付けが弱い、工業経済から情報経済への転換や、経済のグローバル化のような構造的な転換の影響を十分に考慮していない等の課題を残している※1。
