「大都市政策の系譜」第6回「首都圏基本計画の成立」

第6回「首都圏基本計画の成立

一般社団法人大都市政策研究機構
大都市政策研究班

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 日本でも、1880年代後半には紡績業を中心とする産業革命が始まった。日清・日露戦争前後には製鉄、機械、造船などの民間会社が次々と設立され、重工業化が進む。こうした日本の工業化に合わせて、都市では急速な人口増加が現れるようになった。東京では、東京市区改正条例(1888年公布)に基づき、鉄道の敷設、道路の拡幅、上水道の整備など、首都の体裁を整える事業が進められたが、第一次世界大戦の影響による産業の躍進で、さらなる人口集中の激化と無秩序な市街地拡大の現象が現れはじめた。1910年に約270万人であった東京の人口は、1920年には約370万人に急増するが、これは市街地の北部から西部の郊外部(現在の新宿、渋谷、中野といった地域)に住宅地が急速に拡張していった結果であった。関東大震災(1923年)の発生は、さらに住宅や工場の郊外移転と市街地の拡張に拍車をかけることとなった。

 このような背景のもと、大都市の政策において「郊外地統制」(いわゆるスプロールの規制)が重要な課題となる。

戦前の東京緑地計画、関東地方計画

 アムステルダム国際都市計画会議(1924年)で決議された「大都市圏計画の7原則」(衛星都市を前提とした大都市圏計画と、都市計画の上位計画としての地方計画の必要性)は、日本の都市計画家たちにも大きな影響を与え、地方計画が大いに論じられるようになった。この時期に立案された東京圏の地方計画としては、1939年の東京緑地計画、1942年の関東地方計画が知られる。

1-1 東京緑地計画

 東京緑地計画は、1932年に都市計画東京地方委員会(都市計画業務を担当した旧内務省の出先機関)のもとに東京緑地計画協議会を組織し、7年にわたる調査、立案作業を経て決定されたものである。この計画は、東京市を中心とする約50㎞圏(実際には100㎞圏に拡張)に及ぶ計画区域に、公園・緑地の計画、景勝地の選定、公開緑地の認定などを定めた総合的なもので、日本初の広域地方計画とも呼べるものであった。

 計画の当初の目標は、東京市域、東京都市圏に市民のための公園緑地・レクリエーションゾーンを設け、これにより郊外の市街地拡張も抑制しようとしたものであった。東京市外周部に延長72㎞、幅員1~2㎞の環状緑地帯を設け、さらにそこから石神井川、善福寺川などの河川沿いに楔状の緑地帯が市街地に入り込むように計画され、実現手法として公園、運動場、市民農園、遊園地、墓地などの緑地的施設用地を充てるとした。

 日中戦争(日華事変)勃発とともに防空法(1937年)が制定され、都市計画法改定(1940年)で「防空」が都市計画の目的に掲げられると、東京緑地計画における緑地は、「防空」のための緑地という性格を強める。環状緑地帯のうち、6大緑地(砧、神代、小金井、舎人、水元、篠崎)は、「紀元2600年記念事業」として用地買収され、防空対策(空襲時の避難、飛行機の発着、高射砲の設置等)上の防空緑地という解釈のもとで、一部事業化された。

図:東京緑地計画 環状緑地帯・大公園・行楽道路 計画図
出所:石川幹子『都市と緑地-新しい都市環境の創造に向けて』岩波書店,2001年

 なお、防空法により買収された都市計画緑地は、戦後には食料増産のための耕作地となったため、その多くが農地解放の対象となり農地として分配された。このときに公有地として存続した緑地、また農地解放後に再度買い戻した緑地は、砧公園、小金井公園、水元公園など、大都市近郊における貴重な大規模公園として現在に至っている。

1-2 関東地方計画

 内務省は、1932年から京浜、京阪神、中京、北九州の4大工業地帯の過大化防止対策として地方計画の計画を進めていた。関東地方では、都市計画東京地方委員会において産業等の配置を含めた地方計画の検討が行われ、1942年に「関東地方計画」の素案がまとめられた。

 この素案によると、旧東京市と横浜・川崎臨海部は疎開地区として、市街地の低密度化と防火区画の形成を図る地域とされ、その外周に緑地地区としてグリーンベルトを設定している。東京近郊の都市(大宮、八王子、相模原、大和)は特別地区として開発の対象となり、さらにその外郊では木更津、土浦、日立、宇都宮、太田、甲府などの地域が開発地区とされ、衛星都市(軍需工場、軍施設の立地が中心)として開発するという方針が示されている。

 関東地方計画は、地方計画に関する制度がまだ確立されておらず、正式に決定されたものでなかったが、当時の地域整備の方向を明確に示すものであった。戦後の首都圏基本計画の策定にあたっては、大ロンドン計画のほか、これら戦前の計画の影響を受けつつ検討が進められることとなる。